兵庫陶芸美術館で「TAMBA STYLE―伝統と実験―」


 瀬戸や備前、信楽などとともに日本六古窯に数えられる「丹波焼」。その八百年の歴史を振り返り、未来への可能性を問う特別展「TAMBA STYLE(タンバ・スタイル)―伝統と実験―」が、地元の篠山市今田町上立杭の兵庫陶芸美術館で開かれている。丹波焼の名品と、国際的に活躍する陶芸家・鯉(こい)江(え)良(りょう)二(じ)さん(愛知県常滑市)の丹波滞在作とを対比させた異色の企画だ。  (堀井正純)

  丹波焼の可能性模索

巨大な甕などが並んだ「伝統サイド」の展示=いずれも篠山市今田町上立杭、兵庫陶芸美術館
 骨董(こっとう)や陶芸愛好家と、現代アートファン、双方にアピールする要素を持つが、さて「二(に)兎(と)」をとらえられるか。いずれにしても、過去の回顧だけでない挑戦的な姿勢にエールを送りたい。

 四室ある会場のうち三部屋で、遺跡からの出土品や、各地に伝わる名品を紹介する。まず驚かされるのは、高さ八十センチを超える甕(かめ)の迫力だろうか。「赤(あか)土(ど)部(べ)灰(かい)釉(ゆう)甕」など、大人でも入れそうな巨大さ、存在感。甕の内部をついのぞきたくなるのは人情というものだ。栗(くり)色の渋い色合いや、炎が生み出す窯変(ようへん)の複雑な味わいなど、素朴だが力強い美にも引かれる。

 丹波の甕や壷は、水や藍(あい)、食料の貯蔵などに用いられ、庶民の日常を支えてきた。水指(みずさし)など、鑑賞性を重視した陶器もあるが、生活に密着した雑器の「用の美」が大きな魅力だろう。

 一方、中世や近世の遺跡などからの出土品は、丹波焼が骨壷(こつつぼ)や貨幣の備蓄・埋設用の器に、あるいは澄んだ音を奏でる「水琴窟(すいきんくつ)」にも使われていた事実を教え、興味深い。明治時代には陶の棺(かん)も生産されていたという。

人の顔から型取りした鯉江さんの「丹波の土に還る」
 対して、地下の一室や野外に並ぶ鯉江さんの新作や旧作は、ほかの展示作とはかなり異質だ。

 「丹波の土に還(かえ)る」は、人の顔から取った石(せっ)膏(こう)型を基に、シャモット(耐火粘土を高温加熱し、砕いた粒)でマスクを成形。芝生の上に、まるで地表から浮き出たレリーフのようにずらりと人面が並ぶ様子は奇妙で刺激的だ。

 その顔は焼き固めていないので、雨や風で崩れやがて消えゆく。焼き物に限らず、地球上の命や形あるものは、最後は土へと、還ってゆくことを静かに示唆する。

 茶碗(ちゃわん)や盤など、「器」の形態を取った鯉江作品も、実に自由で伸びやか。同館の招きで、丹波に滞在した鯉江さんが、地元の陶土や窯で制作した作品で、丹波の窯元の手で焼成されたものも。

 鯉江さんは地元の若手作家グループとの共同制作にも挑んだ。その刺激は、これからじわじわと表れてくるのだろう。そういう意味では、本展の真価は何年か後にこそ問われるべきだろうか。

 同展は三月四日まで。TEL079・597・3961

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